この世はすべて自分の映し鏡

日々思ったこと、過去の出来事等書いてます。

心と部屋

必要じゃなくなるもの、必要ないものを持って、本当に必要なもの、大切なもの、
貴重なものを置いてきてしまった。
後で必要になるとは知らずに...。
持ってきたものは、今じゃ不必要。
そんな事を思ってしまう...。

今思えば、私がこのような環境でいられたことは、感謝なのだが、
十数年専業主婦であった。
「働くな」と言われたわけではなく、
仕事を辞めたくて辞めたくて、結婚に逃げたので、
仕事を続ける、という選択肢はなかった。
仕事=社会に出るということが、怖くて怖くてたまらなかった。
だから専業主婦になりたかったし、心地よかったはずだった。

当時住んでいた場所の、立地上の便利さと私の買いだめをする癖で、
ちょくちょく意味もなく買い物に出かけては、
誘惑に負け(笑)、
安いから、あったら便利かも
ってな感じで、必要も無いのに買っていたりした。
当時はお菓子なんかも、新しいものが出たら買ったり、
お気に入りの店を覗いて、何か掘り出し物は無いか探したり、
でも、冒険はしない自分は、高価なものや高級なものを買うのではなく、
どちらかというと
安物買いの銭失い的な買い方。
だから、あまり物も大事にしなかったかもな。
100円ショップに行って、目的のものだけを買って帰れるか?
は、ほぼ無理で、
絶対余分な物もかってしまっていた💦
でも、今思うと、
何であんなに物であふれていたのか、
よく思い出せないけど、
とにかくごちゃごちゃした物がたくさんあるから、
片付けるのが大変だった。
よく義両親に、物が有りすぎると言われていた。
知り合いの、物を極力持たない家庭とよく比較されていた。
物がない利点は本当にたくさんあって、

  • 部屋がきれいに整頓しやすい。
  • 片付け、掃除がしやすい。
  • 何がどこにあるかがすぐにわかる。
  • 地震等の震災が起きた時に、物が邪魔になったり、潰されたりしない。
  • 物が不要時の処分などの手間。
  • 収納場所のスペースが少なくて済む。
  • 大量消費大量生産への加担をしない等など。

頭では、わかってはいたんだけれどやめられなかった。
物への執着、思い出のもの等もなかなか捨てられなかったり...。
もらった物が大切で使えず、それをしまっておいて、
違うものをわざわざ買ったり...。
多分心の隙間、満たされない何かを物に走っていたんだとおもう。
でも、不思議と物では満たされないんだよね。
よく金持ちが幸せか、みたいな特集とかやって、結局幸せじゃない的な
結論にいたるけど、
金では心は満たせれないんだよね。

でも今、少しずつ落ち着いて来て、心が少しずつ満たされていくと、
(買い物が不便になったという環境等もあるけれど)
断捨離というか、やはり本当に必要なものを選ぶように変わってきた。
あるならそれを使うようになった。
同じものは買わないようになった。
部屋も綺麗にしようと思った。
買いだめの癖はまだ抜けないけど😢
そして自分の物の多さに改めてびっくりした。
でも、価値のあるものなんてほとんど無いに等しいのだが。
時価値あると思っていたものが、大切と思っていたものが、
何故、こんなものに?と思えてしまうくらい、
自分が変化した。

本当に少し前までは整理すらする気もなかったけれど、こんなに違うのだな。
部屋はこころの投影と聞くことがあったけど、
本当にそうなのかもしれない。

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 と改めて感じる。
引きこもりの人の部屋や、物を片付けられない人達も、やはり
心の問題がとても大きいものだろうね。
本当に、部屋とかどうでも良くなるし、汚くても気にならなくなるんだよね。
で、汚いから、誰かを部屋に呼びたくなくなるしね。
そんな悪循環で、もう手がつけられない状態で周りも本人もどうしていいかという
状態になっちゃうんだろうね。
本当に、心が治ってくると、部屋の汚さに違和感を覚えて来るし、
変わってくるよね。
だから本当に部屋は心の投影だな。って。
ただ単に物を減らすというだけでなく、
ラクタに囲まれた今が、
価値あるものに囲まれて暮らせるように、
自分が進化していきたいな。